世界史用語:光武帝(こうぶてい)
後漢の創始者。本名は劉秀(りゅう しゅう)。 新の滅亡後の混乱期に頭角を現し、西暦25年に漢を再興した。 (補足) 新が失敗した教訓を受け、より柔軟な政策を採用するとともに、儒学を重んじ、民間の信仰や文化も尊重した。 ま […]
後漢の創始者。本名は劉秀(りゅう しゅう)。 新の滅亡後の混乱期に頭角を現し、西暦25年に漢を再興した。 (補足) 新が失敗した教訓を受け、より柔軟な政策を採用するとともに、儒学を重んじ、民間の信仰や文化も尊重した。 ま […]
西暦91年に西域都護となった人物。 部下の甘英をローマ帝国に派遣したことで有名。 (補足) 長年にわたり西域に滞在し、諸国間の外交や軍事的な衝突に対処しながら、漢王朝の国益に貢献。 少数の部隊ながらも、特に匈奴らに対して […]
班超の部下で、ローマ帝国に派遣された人物。 後漢とローマが接触を試みるという画期的な出来事であったが、パルティアの妨害を受けて途中で頓挫した。 (補足) 後漢は、ローマ帝国と直接的な交易関係を築ければ経済的に得ができると […]
ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの、中国における呼称。 後漢時代の中国に向けて使者が派遣され、166年に日南郡(現在のベトナム中部)までやってきた。 (補足) 別件だが、約70年前、班超の部下の甘英が […]
後漢の衰退期に、宦官たちが、儒学を身につけた党人たちを官職から追放した事件。 166年と169年に起こった。要は朝廷内の勢力争い。 (補足) 宦官が政治的権力を強化し、政府内の儒学者や政治的な党派を排除するために行われた […]
中国の後漢末期に起こった大規模な農民反乱。184年。 後漢の権威を大きく揺るがし、衰退を加速させることとなった。 (補足) 道教の太平道の教えを掲げる張角を中心に引き起こされた。 黄色い巾(きん。布切れ・手ぬぐいのこと) […]
後漢の末期に起こった黄巾の乱(184年)のリーダー。 太平道という宗教結社の創始者。後漢末期の深刻な社会不安を背景に、太平道の教えを広め、庶民からの支持を集めた。 (補足) 太平道は、道教の教えに基づく変革的な宗教運動の […]
後漢の滅亡後、中国が魏、呉、蜀の3つの国に分裂した時代。 220~280年まで続き、各国が中国の覇権を巡って争った。 (補足) いわゆる『三国志(さんごくし)』の題材で、魏(華北)の曹操や曹丕、蜀(四川地方。内陸部)の劉 […]
中国の三国時代における三国の1つ。華北地方。 曹操(そう そう)によって創始され、曹丕(そう ひ)によって皇帝として正式に確立された。 (補足) 220年に後漢の献帝から禅譲を受ける形で正式に建国。都は洛陽。 ただし、前 […]
中国の三国時代における三国の1つ。 内陸部の、主に四川地方を中心とする地域で、都は成都。 劉備によって建国された。 (補足) 後漢の滅亡に際し、劉備が皇帝を自称して建国。 勝手に後漢の後継を名乗ったことから、蜀漢とも呼ば […]