世界史用語:平準法(へいじゅんほう)
前漢の武帝により導入された物価安定策。 物価の下落時に物資を積極的に買い入れて貯蔵し、高騰した時に放出することで価格を安定させるというもの。 (要は「いつ買っても値段が同じ」という状態を目指した) (補足) 一般に、経済 […]
前漢の武帝により導入された物価安定策。 物価の下落時に物資を積極的に買い入れて貯蔵し、高騰した時に放出することで価格を安定させるというもの。 (要は「いつ買っても値段が同じ」という状態を目指した) (補足) 一般に、経済 […]
前漢の武帝が発行した貨幣。 経済面での統一と流通の効率化を図るため、全国的に統一された規格で発行された。 (補足) 重さが五銖(約3.2g)である銅製の貨幣。 中央に正方形の穴が開いていて、糸などを通して持ち運びやすいよ […]
前59年、匈奴の王を降伏させたことをきっかけに、(同年に)前漢が設置した役職。 中国の西域(現在の中央アジア地域)の政治、軍事、外交を統括した。 (補足) 西域とは、大雑把に(中国から見て)西側の地域、ということだが、 […]
西暦8年に王莽(おうもう)によって建国された中国の王朝。 古代の周王朝の復古を掲げ、大規模な改革を試みたが、反発や混乱を招き、短命に終わった(~西暦23年)。 (補足) 王莽は、前漢末期の混乱を背景に、自らが皇帝に即位し […]
西暦8年に新を創設した人物。 周の政治を理想とする、復古主義に基づく一連の大胆な政策と改革を実行したが、無理も多く、新は約15年で滅亡した。 (補足) 自らを「更始帝」と称した。 土地制度の改革、貨幣制度の整備、官僚制度 […]
新の末期、西暦18年に起こった大規模な内乱(~27年)。 王莽の改革による社会的不安と経済的苦境が深刻化した中、特に困窮した農民層を中心に発生した。 (補足) 反乱軍は、兵士が顔に赤い墨を塗って戦ったことから「赤眉」と名 […]
後漢の創始者。本名は劉秀(りゅう しゅう)。 新の滅亡後の混乱期に頭角を現し、西暦25年に漢を再興した。 (補足) 新が失敗した教訓を受け、より柔軟な政策を採用するとともに、儒学を重んじ、民間の信仰や文化も尊重した。 ま […]
西暦91年に西域都護となった人物。 部下の甘英をローマ帝国に派遣したことで有名。 (補足) 長年にわたり西域に滞在し、諸国間の外交や軍事的な衝突に対処しながら、漢王朝の国益に貢献。 少数の部隊ながらも、特に匈奴らに対して […]
班超の部下で、ローマ帝国に派遣された人物。 後漢とローマが接触を試みるという画期的な出来事であったが、パルティアの妨害を受けて途中で頓挫した。 (補足) 後漢は、ローマ帝国と直接的な交易関係を築ければ経済的に得ができると […]
ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの、中国における呼称。 後漢時代の中国に向けて使者が派遣され、166年に日南郡(現在のベトナム中部)までやってきた。 (補足) 別件だが、約70年前、班超の部下の甘英が […]