日本の軍艦が朝鮮近海で砲撃を受け、それに反撃して朝鮮側の砲台を破壊した事件。1875年。
翌年の日朝修好条規 (江華条約)を結ぶきっかけとなった。
翌年の
(補足)
雲揚艦 事件とも呼ばれる。
明治新政府は朝鮮と(江戸時代に代わる)新たな関係を構築しようとしたが、朝鮮側が拒否し、膠着状態となっていた。その状況を打開するため、日本は軍艦により朝鮮を威嚇する方針を取り、朝鮮近海に軍艦「雲揚」を派遣。すると朝鮮側から砲撃してきたため、それに反撃して朝鮮側の砲台を破壊した。
その後、日本は朝鮮に対して責任を取るように要求し、翌年、日朝修好条規を締結した。
※ 理解を優先するために、あえて大雑把に書いてある場合があります |
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