日本史用語:立憲帝政党(りっけんていせいとう)

1882年に福地源一郎(ふくちげんいちろう)が中心となって作った政府系の政党で、機関紙は「東京日日(とうきょうにちにち)新聞」
(補足)
国粋(こくすい)主義(欧化政策を批判する立場)の欽定(きんてい)憲法論・二院制・主権在君・制限選挙を主張し、神官や官吏などから支持されたが、1883年に解党した。

東京日日新聞は現在の毎日新聞。
欽定憲法とは、君主(ここでは天皇)によって制定される憲法のこと

 

※ 理解を優先するために、あえて大雑把に書いてある場合があります

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