世界史用語:都護府(とごふ)
中国の唐(初期)において設置された、征服した異民族を監督し、管理するための機関。 (補足) 唐では、征服した異民族を完全に支配するのではなく、一定の自治を認めつつ、中央政府の管理下に置くという間接統治が採られた(羈縻(き […]
中国の唐(初期)において設置された、征服した異民族を監督し、管理するための機関。 (補足) 唐では、征服した異民族を完全に支配するのではなく、一定の自治を認めつつ、中央政府の管理下に置くという間接統治が採られた(羈縻(き […]
唐の第3代皇帝の高宗の后。 690年に中国史上唯一の女帝となり、「周」の建国を宣言した。 (補足) 高宗の死後、息子たち(2人)の即位及び廃位を挟んでから即位。 かつての周と区別するために「武周」と呼ばれることもある。 […]
則天武后が690年に建国した国。 事実上、唐の中断期とみなされることが多く、則天武后の一代で終わった。 (補足) かつての周と区別するために「武周」と呼ばれることもある。 則天武后は、唐の高宗死後、(正確には息子2人の即 […]
唐の時代における、則天武后と韋后による政治的混乱を指す言葉。 最終的には玄宗が韋后らを追放することで解消。 (補足) 則天武后は、唐の高宗死後、(正確には息子2人の即位及び廃位を挟んだ後に)自ら帝位につき、中国史上唯一の […]
唐の第6代皇帝。武韋の禍の混乱を収束し、即位した。 玄宗の治世は「開元の治」と呼ばれ、唐の繁栄期を迎えた。 (補足) 本名は李隆基。 官僚制度の整備・科挙の拡大と改善、税制の改革、軍事の強化などが行われ、国家の基盤が固め […]
唐の玄宗の治世(の一時期)で、唐の安定期・繁栄期を指す言葉。 具体的には、元号が「開元」であった713~741年までの約30年間。 (補足) 玄宗が武韋の禍(則天武后の即位、韋后による政権奪取未遂による混乱)を収束させ、 […]
唐の玄宗の時代に導入された軍事制度。723年~。 従来の府兵制に代わり、志願兵を募集して軍を組織するというもの。 (補足) 従来の府兵制は、均田制と並行して、農民から徴兵するという制度であった。 ただ、武器や食料は自分で […]
唐の玄宗のころから設置された、国境地帯や主要な軍事地域を統治する役職。 軍事、行政、財政の全権が与えられたが、一方で、節度使の勢力が拡大していくことにもなった。 (補足) 従来、国境地帯などの軍事は府兵制の下で行われてい […]
751年に起こった、唐とイスラーム勢力(アッバース朝)の戦い。 中央アジアの支配権を巡る争いの一環で、イスラーム側が勝利した。 なお、イスラーム側に捕虜となった唐人の中に紙すき職人がおり、これによって製紙法が西方に伝わっ […]
タラス河畔の戦い(751年)の唐側の将軍。 イスラーム勢力であるアッバース朝軍と戦うも大敗した。 (補足) タラス河畔の戦いでの敗戦は唐に大きな打撃となり、国内が不安定化した。 特に、755年からは内乱である安史の乱が起 […]