日本史用語:法隆寺(ほうりゅうじ)
7世紀初頭に聖徳太子が建立した寺院。斑鳩寺(いかるがでら)、法隆学問寺(ほうりゅうがくもんじ)とも呼ばれる。現在の奈良県斑鳩町にあり、聖徳宗の総本山。 (補足) 伽藍(がらん)配置(建物などの配置方法の1つ)で、「西院伽 […]
7世紀初頭に聖徳太子が建立した寺院。斑鳩寺(いかるがでら)、法隆学問寺(ほうりゅうがくもんじ)とも呼ばれる。現在の奈良県斑鳩町にあり、聖徳宗の総本山。 (補足) 伽藍(がらん)配置(建物などの配置方法の1つ)で、「西院伽 […]
中臣(藤原)鎌足の次男で奈良時代初期の公卿。(659~720年) (補足) 藤原不比等は659年に生まれ、主に大宝律令、養老律令の制定や平城遷都で活躍した。 また、娘の宮子(みやこ)を文武(もんむ)天皇に嫁がせ、彼らの間 […]
推古天皇の時代の603年に定められた。百済の官位制をもとに作られ、外交の場で必要とされたと考えられる。 (補足) ランクは徳・仁・礼・信・義・智の6つを大小に分けた12段階とされ、位階ごとに儀式の際の冠や衣服の色が定めら […]
藤原不比等(ふじわらのふひと)によって作られ、757年に藤原仲麻呂(ふじわらのなかまろ)によって施行された。 ※ 律は刑法、令は行政法に当たるもの (補足) 律は10巻12篇、令は10巻30編で構成され、元正(げんしょう […]
日本で最初の律令。文武(もんむ)天皇の命を受けた刑部親王(おさかべしんのう)や藤原不比等(ふじわらのふひと)ら19人によって作られた。 ※ 律は刑法、令は行政法に当たるもの (補足) 大宝律令は701年に成立し、令は70 […]
中大兄皇子(なかのおおえのおおじ)や中臣鎌足(なかとみのかまたり)らが蘇我(そが)氏本宗家の政権を打倒した政変。 (補足) 皇極(こうぎょく)天皇の時代の645年6月に起こった政変。 当時、蘇我氏は朝廷で有力な地位にあり […]
以仁王の令旨に呼応した武士たちによる争乱。 (補足) 1180年4月に白河天皇の皇子である以仁王(もちひとおう)は諸国武士たちに対して平氏追討を命じた。この命令に呼応して各地の武士たちは平氏打倒の軍事行動を次々と起こし争 […]
鎌倉幕府における御家人を統括するための機関。室町幕府においては武士の統率だけでなく、京都の警察権や裁判権も司る機関だった。 (補足) 源頼朝は主従関係を結んだ武士を御家人として組織し、御家人を統括する機関として1180年 […]
藤原仲成(なかなり)・薬子(くすこ)が平成太上(へいぜいだじょう)天皇の重祚(じゅうそ)を図った事件(810年)。 ※ 重祚:再度天皇になること (補足) この事件は、平城太上天皇と嵯峨天皇の対立が原因で起こったが、嵯峨 […]
後醍醐天皇の天皇親政のこと。 ※ 親政:自らで政治を行うこと (補足) 鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇は延喜・天暦の治(えんぎ・てんりゃくのち)を理想として天皇親政を行ない、権力を天皇に集中させようとした。しかし、土地所有に […]